● 報 告 ● | 関連専門職委員会 |
リハビリテーション診療に求められる臨床心理業務担当者に関するアンケート調査結果
日本リハビリテーション医学会 関連専門職委員会
担当理事 上月 正博,椿原 彰夫
委員 前田 真治,山口 昌夫,高岡 徹,永田 雅章
渡邉 修,田中 尚文,渡部 一郎
要 約
日本リハビリテーション医学会認定研修施設における心理関係業務の内容・臨床心理業務担当者の実態と望まれる資質に関するアンケート結果の報告と,それに基づく提言を行った.リハビリテーション(以下,リハ)診療において,臨床心理業務担当者のニーズは極めて高いことが確認された.対応疾患も脳血管障害,外傷性脳損傷,精神発達遅滞,自閉症のみならず,慢性疼痛,循環器・呼吸器疾患,骨・関節疾患,悪性腫瘍などにも及んでおり,臨床心理業務担当者がリハ関連医学(リハ概論,リハ医学など)をカリキュラムに組み込むことが必要であると考えられた.臨床心理業務担当者養成において診療現場のニーズにあったカリキュラムの導入と質の向上が,リハ診療の発展・質の向上のみならず,臨床心理業務担当者の国家資格の確立や心理関係業務に対する診療報酬のアップにもつながるものと期待される.
はじめに
リハの目的は,病気や外傷などによって生じた種々の障害を有する身体的・社会的・経済的・心理的問題などに対して,身体的改善のみならず,生活の質(QOL)を高めるように導くことにある.医師においてはリハ科専門医・認定臨床医制度が設けられ,コメディカルにおいては理学療法士,作業療法士,言語聴覚士などの職種が国家資格化され,しかもこれらを取得したスタッフがチーム診療を行うことで,リハの目的を達成し,リハ診療の発展に大きな役割を果たしてきた.
一方,リハの効果や帰結は患者の精神心理状態によって大きく影響される.すなわちリハ診療において,QOL向上の一翼を担う精神心理面の評価やその治療法としての臨床心理検査,心理療法,カウンセリングなどは非常に重要なものである.これらは国家資格化された質の高い専門職種により行われることが久しく望まれ,議論されてきた1〜4).しかしながら,リハ診療の現場において,これらの業務内容の普及の度合いや担当者の実態に関する報告は十分になされていない.また,リハ診療の現場で臨床心理業務担当者に望まれる資質に関する調査報告もない.そこで,当委員会では,日本リハ医学会認定研修施設における臨床心理業務の内容・心理関連職の実態と臨床心理業務担当者に望まれる資質に関するアンケートを企画・実施した.本稿ではその結果を示すともに,リハ診療に求められる臨床心理業務担当者に関する提言を行う.
対象と方法
日本リハ医学会認定研修施設指導責任者394名(394施設)に対し,2006年2月10日にアンケートを発送し2週間程度で回収,233名より回答を得た(回収率59.1%).
結 果
T.調査対象となった施設の概要
1.開設主体
大学病院(国立,公立,私立)58(24.9%),大学病院以外の病院(国立,公立,公的)81(34.8%),大学病院以外の病院(医療法人,私立)74(31.8%),診療所(公立,公的,私立,医療法人)4(1.7%),その他8(3.4%),未記入4(1.7%)
2.病床数
0床4(1.7%),19床以下2(0.9%),20床〜199床75(32.2%),200〜499床66(28.3%),500床以上84(36.1%),未記入2(0.9%)
3.リハ施設基準
総合リハ施設176(75.5%),理学療法[U:51(21.9%),V3(1.3%),未記入3(1.3%)],作業療法[U:43(18.5%),なし4(1.7%),未記入10(4.3%)],言語聴覚療法(複数回答)[T34,U51,VT,なし13]
4.リハ医療の形態(複数回答可)
@リハ科が中核の専門病院または診療所42(18.0%),A一般病院または診療所の中にリハ科の病床82(35.2%),B回復期リハ病棟82(35.2%),Cリハ科の病床なし66(28.3%),Dその他19(8.2%),E未記入6(2.6%)
5.リハ医療関係の病床数
@リハ科病床:平均56.1床(103病院;1〜245床),A回復期リハ病棟の病床:平均65.5床(85病院;20〜180床),B該当するものなし:平均86.5床(26病院;7〜236床)
6.リハ医療の関連職員数
@リハ科医:平均3.9名(229施設;1〜26名),A理学療法士:平均11.8名(230施設;2〜55名),B作業療法士:平均7.9名(226施設;2〜46名)(うち精神科作業療法士:平均1.8名(16施設;1〜4名),C言語聴覚士:平均3.3名(211施設;1〜15名),D医療ソーシャルワーカー:平均2.9名(194施設;0.2〜13名),Eリハ専門看護師:平均25.9名(140施設;0.3〜200名),Fその他:助手8施設,臨床心理士5施設,心理担当者6施設,マッサージ師9施設
U.臨床心理業務担当者について
リハ医療で,臨床心理業務担当者が業務を行っている施設は,63施設(27.0%)で,行っていないのが170施設(73.0%)であった(図1).
1.臨床心理業務担当者が業務を行っている63施設に対する質問
1)臨床心理業務担当者の勤務形態と人数
@常勤:平均2.1名(51施設;0.6〜12名)[うちリハ所属:平均2.2名(26施設;0.2〜12名)],A非常勤:平均1.4名(27施設;0.1〜4名)[うちリハ所属:平均1.1名(14施設;0.1〜3名)]
2)リハカンファランスへの臨床心理業務担当者の参加の有無(図2)
原則参加23施設(36.5%),症例により参加25施設(40.0%),不参加13施設(20.6%),その他2施設(3.2%)
3)リハ医療における臨床心理業務担当者の治療実患者数
臨床心理業務担当者が対応した月平均延べ患者数:平均53.9名,月平均延べ回数127.1回(57施設)
4)臨床心理業務担当者が対応した1週間あたり平均回数と1回の平均時間(表1)
5)対応している障害:多い順
@脳血管障害,A外傷性脳損傷,B精神発達遅滞,C自閉症,D脊髄損傷・障害,E認知症,神経症,ADHD,学習障害など,F神経・筋疾患,G脳性麻痺,H慢性疼痛,I循環器・呼吸器疾患,J骨・関節疾患,K転換ヒステリー,L運動発達遅滞,M悪性腫瘍,N切断
6)臨床心理・神経心理検査に対する診療報酬算定の有無(60施設回答)
@算定:31施設(51.7%),A一部算定:18施設(30.0%),B算定なし:11施設(18.3%)
7)心理療法・カウンセリングに対する診療報酬算定の有無(58施設回答)
@算定:11施設(19.0%),A一部算定:9施設(15.5%),B算定なし:38施設(65.5%)
8)心理療法・カウンセリングに対する保険点数項目(28施設回答)
@心身医学療法:8施設(28.6%),A入院または通院集団精神療法:10施設(35.7%),Bその他:10施設(35.7%)
9)認知リハに対する診療報酬算定の有無(55施設回答)
@算定:3施設(5.5%),A一部算定:7施設(12.8%),B算定なし:45施設(81.8%)
10)認知リハに対する保険点数項目(10施設重複回答)
@心身医学療法:2施設,A入院または通院集団精神療法:2施設,Bその他:8施設
11)現在の臨床心理・神経心理検査の診療報酬点数に対する意見(62施設回答)
発達及び知能検査 | ||
1 | 操作が容易なもの | 80点 |
2 | 操作が複雑なもの | 280点 |
人格検査 | ||
1 | 操作が容易なもの | 80点 |
2 | 操作が複雑なもの | 280点 |
3 | 操作と処理が極めて複雑なもの | 450点 |
その他の心理検査 | ||
1 | 操作が容易なもの | 80点 |
2 | 操作が複雑なもの | 280点 |
3 | 操作と処理が極めて複雑なもの | 450点 |
@これでよい:6施設(9.6%),A低い:44施設(71.0%),B高い:0施設(0.0%),Cわからない:12施設(19.4%)
12)現在の心身医学療法の診療報酬点数に対する意見(62施設回答)
心身医学療法(1回につき) | ||
1 | 入院患者 | 70点 |
2 | 入院中の患者以外 | |
イ 初診時 | 110点 | |
ロ 再診時 | 80点 |
@これでよい:3施設(4.8%),A低い:38施設(61.3%),B高い:1施設(1.3%),Cわからない:20施設(32.3%)
13)現在の集団精神療法の診療報酬点数に対する意見(60施設回答)
入院集団精神療法(1日につき) | 100点 |
通院集団精神療法(1日につき) | 270点 |
@これでよい:6施設(10.0%),A低い:30施設(50.0%),B高い:1施設(1.7%),Cわからない:23施設(38.3%)
14)心身医学療法と集団精神療法が「週2回の限定」に対する意見(63施設回答)
@これでよい:9施設(14.3%),A少ない:30施設(47.6%),B多い:1施設(1.6%),Cわからない:23施設(36.5%)
15)検査室および療法室の広さ
@心理検査室(46施設回答):平均16.7m2(4.8〜75.6)
A個別療法室(34施設回答):平均22.1m2(6.0〜126.6)
B集団療法室(29施設回答):平均44.8m2(15.0〜100.0)
16)臨床心理業務担当者の必要性に対する意見(61施設回答)
@現状でよい:12施設(19.7%),A増やしたい:45施設(73.8%),B減らしたい:0施設(0.0%),C必要ない:0施設(0.0%),Dわからない:4施設(6.6%)
2.臨床心理業務担当者が業務を行っていない170施設に対する質問
1)臨床心理業務担当者が業務を行っていない理由
@臨床心理業務担当者が在籍していない116施設(68.2%)
A在籍しているが利用可能な体制なし37施設(21.8%)
B在籍しているが他職種で対応14施設(8.2%)
C在籍しているがリハ医療で必要なし2施設(1.2%)
Dわからない1施設(0.6%)
2)在籍していない理由(116施設)
@病院の経営方針(採算性)のため67施設(57.8%)
A精神科がないので13施設(11.2%)
B募集しているが,適切な人がいない10施設(8.6%)
C当院の医療上必要ない7施設(6.0%)
Dわからない19施設(16.4%)
3)在籍していない施設の臨床心理業務担当者の必要性についての考え(114施設)
@病院全体として採用してほしい58施設(50.9%)
Aリハ科(部)所属として採用してほしい40施設(35.1%)
B今後も必要ない2施設(1.8%)
Cわからない12施設(10.5%)
4)臨床心理業務担当者が採用された場合の希望する依頼業務(複数回答可100施設).
@臨床心理・神経心理検査:100施設(100%)
A心理療法・カウンセリング(障害受容の促進も含む):75施設(75%)
B認知リハ(高次脳機能障害に対して):21施設(21%)
C初回インテーク面接:35施設(35%)
Dリエゾン業務:1施設(1%)
5)臨床心理業務担当者が採用された場合の希望する対応障害の順
@脳血管障害,A外傷性脳損傷,B脊髄損傷・障害,C慢性疼痛,D悪性腫瘍,E転換ヒステリー,F神経・筋疾患,G精神発達遅滞,H骨・関節疾患,I自閉症,J脳性麻痺,K認知症,L切断,M運動発達遅滞,N循環器・呼吸器疾患
3.全員に対する設問
1)医療分野における臨床心理業務担当者の国家資格の必要性(229施設)(図3)
1 必要:199施設(86.9%)
2 必要なし:4施設(1.7%)
3 わからない:26施設(11.4%)
その理由
@医学的知識を一定レベルで持った質の高い専門職を養成するため
Aチーム医療を展開するため
B資格のない医療職は医療を行うときに制限があるため
などの意見が多い.
2)医療分野で臨床心理業務に対して医師の指示が必要か(230施設)
1 必要:205施設(89.1%)
2 必要ない:4施設(1.7%)
3 わからない:21施設(9.1%)
その理由
@本邦の医療では最終責任を医師が持つ必要があるため
A診療報酬のため
B他の専門職と同じ立場でチーム医療を展開するため
などの意見が大半を占めている.
3)卒前教育カリキュラムへの医学関係教科の必要性(230施設)(図4)
1 必要:209施設(90.9%)
2 必要ない:0施設(0.0%)
3 わからない:21施設(9.1%)
4)必要な教科目は(複数回答可)(図5)
@リハ概論151(72.2%),Aリハ医学161(77.0%),B臨床医学152(72.7%),C解剖学72(34.4%),D生理学85(40.7%),E病理学67(32.1),Fその他24(精神医学18,神経心理学9,薬理学3,など)と,リハ関連教科が多くの意見であった.
5)その他の意見として,以下のようなものがあった.
@医学的知識に関する意見
・臨床心理士は心理学のみならず臨床医学の知識が必要と思われる.
・現在の臨床心理士の医学に対する知識のレベルは様々であり,一部ではあいまいなカウンセリングなどを行っていることもあり,良好な医療を供給しているとは思えない.
A国家資格に関して
・国家資格の早急な確立が急務であり,診療報酬制度の中に位置づけることが重要.
・リハ医療分野では障害受容などの心理的ケアが必要なため早期の国家資格の実現を望む.
・言語聴覚士の国家資格の成立と同じような問題があり,早急に解決すべきである.
Bチーム医療に関して
・精神神経科系を主とする臨床心理士も必要と思われるが,リハ医療でも必須の専門職であり,リハに関連する障害者に精通した臨床心理士も必要と思われる.
などの意見が大半を占めている.
考 察
本アンケートにより,日本リハ医学会認定研修施設における臨床心理業務の内容と臨床心理業務担当者の実態が初めて明らかになった.
第1に,心理関係業務が臨床心理専門の担当者によって行われている施設は63施設(27.0%)にしか過ぎないことが判明した.この点については「臨床心理業務はリハ医療現場ではそれほどニーズがない」と考える見方もあろうが,それは大きな誤りである.なぜなら,行われていない施設の90%では,行わない理由として,「臨床心理業務担当者が在籍していない」,あるいは「病院内(精神科など)に在籍していても依頼できない体制になっている」ことをあげているからである.また,行われていない施設の86%では,「臨床心理業務担当者の採用を希望」している.すなわち,リハ診療において臨床心理業務のニーズは極めて高いことが改めて確認されたわけである.また,臨床心理業務担当者がいる施設では,彼らがリハカンファランスに参加する頻度も高いことが明らかになり,この点からも臨床心理業務担当者はリハチームにおいて必須の専門職であることが考えられる.
第2に,臨床心理業務担当者がリハ診療現場で対応しなければならない障害は極めて広範囲にわたるものであることが明らかになった.ニーズとして脳血管障害,外傷性脳損傷,精神発達遅滞,自閉症などの障害が多いのは予想通りともいえようが,対象はさらに慢性疼痛,循環器・呼吸器疾患,骨・関節疾患,悪性腫瘍などにまで及んでいた.臨床心理業務担当者は果たしてこのような広範囲の障害や原因疾患に関して十分な知識を有しているといえるであろうか.臨床心理業務担当者がリハ診療関連職として施設内でチームを組むためには,医学的知識を必要とされているという報告は過去にも認められる5,6).少なくともリハ診療に対する基本的な知識がなければ,リハチーム医療が展開できないことが推察される.
第3に,リハ診療現場で要求されている臨床心理業務担当者の業務が,臨床心理・神経心理検査をはじめとして,心理療法・カウンセリング,認知リハなど,非常に広範囲にわたることが明らかになった.また,1回の臨床心理業務も60〜90分が最も多く,1人の障害者に費やす時間が長いことも他の専門職にみられない特徴と考えられる.この業務を理学療法士や作業療法士などが代行することは,内容的にも時間的にも極めて困難であること考えられる.
第4に,日本リハ医学会認定研修施設指導責任者の多数は臨床心理業務に関する診療報酬が低額であると考えていることが明らかになった.このことはリハ診療において臨床心理業務のニーズは極めて高いものの,臨床心理業務担当者の病院やリハ施設での採用がなかなか進まない大きな理由であると考えられる.実際,臨床検査や神経心理検査は熟練者が行っても多大な時間と労力が必要になる.しかし,診療報酬は最も高いものでも450点であり,他のリハ専門職が同時間に獲得できる診療報酬には及ばない.また,多くの臨床心理業務では精神神経科の医師の関わりなしでは算定できないのが現状である.さらに,認知リハに至っては算定できる項目すらなく,多くの施設ではまさにボランティア的な診療行為となっている.
臨床心理業務の診療報酬が低いことは,臨床心理業務の国家資格が認められていないことが大きな要因となっていることは明白である.国家資格化されるためには,臨床心理業務が現場のニーズに十分応えられるだけの資質・技量を備えている必要がある.すなわち,リハ診療現場では,臨床心理業務担当者は,リハチーム診療における構成メンバーとして多様な障害に対応できるだけのリハ関連医学(リハ概論,リハ医学など)の知識に富んだ人材であることが望まれているのである.臨床心理業務担当者の雇用促進,診療報酬,現場のニーズ,国家資格化は,実は相互に関係していると考えられ,臨床心理担当者に対する診療現場のニーズにあった卒前教育カリキュラムの導入と質の向上が,リハ診療の発展・質の向上のみならず,心理関係職種の国家資格の確立や心理関係業務に対する診療報酬のアップにもつながるものと期待される.すなわち,臨床心理担当者の地位確立(国家資格化)ならびに雇用促進のためには,臨床心理担当者に対する卒前教育カリキュラムの中に,リハ概論,リハ医学などのリハ関連教科を必須の科目として取り入れるべきであることを提言するものである.
文 献
1) 宮脇 稔 : 心理の国家資格について 発題. 臨床心理学研究 2006 ; 43 : 105-112
2) 太田裕一 : 臨床心理士・医療心理師の国家資格化を巡って. 精神医療 2006 ; 42 : 81-86
3) 乾 吉佑 : 臨床心理専門職の国家資格化についての意見. 精神医学 2004 ; 46 : 6-9
4) 片岡玲子 : 臨床心理士の仕事と国家資格化へ願い. 精神医学 2004 ; 46 : 11-14
5) 江花昭一 : 医師は心理士に何を求めるか 医師が心理士に求めるものは何か チーム医療の観点より. 心身医学 2005 ; 45 : 655-661
6) 穂積 登 : 心理士が医療チームへ参加する必要性と国家資格. 精神医学 2004 ; 46 : 43-47